カタチは違えど、あれを喰らった事は、やっぱり体に残っている。

もう何年位経ったのだろう

色々浮気調査で考えていても、本当にソレが来た時、どこまで立ち向かえられるんやろうか。

たら、れば

悔やんでも悔やんでも

それは生きている人間が勝手にやる事。

その逆も然り。

でも、何か理由が在って生かされている。

かと言って、そうで無かった場合はそうではないのかと言えばきっと違う。

存在している事に意味がある。

護れなかった、不必要とされた

理由は何であれ失ったと言う結果は同じ。

どうがんばっても過去は変えられない。

でも、過去を今に繋げる事は出来る。

立ち止まるのもひとつ。

それで良いと思うのなら。

良いと言うのは妥協でも犠牲でもない、満足と言う意味で。

満足でなければ、絶対に忘れない。

そして、素直に楽しく生きてやる。

先週の土曜日の1時過ぎ

体が覚えていた。

カタチは違えど、似た体験をしている。

楽しく、そして幸せに、更に幸せな気持ちに出来る人間として生きよう